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■ 『戦争ミュージアム ― 記憶の回路をつなぐ』梯 久美子(岩波新書2024年)を読み終えた。この本は「信州岩波講座2026」の会場の須坂市メセナホールで同時開催されていた古本市で買い求めた。
梯さんが訪ねた全国各地の戦争ミュージアム14か所を、引用文と共に載せる。
1 大久野島毒ガス資料館 広島県竹原市
毒ガス製造のために働いた人は戦後も後遺症に苦しめられ**「症状の重い人は、戦後、次々に亡くなっていきました。毒ガスによる傷害で仕事ができず、困窮して自殺した人もいます。しかし国からは何の補償もなかった。(後略)**(7頁)
2 予科練平和記念館 茨城県稲敷郡阿見町
**人も飛行機も唯消耗品なのです**(20頁)
3 戦没画学生慰霊美術館 無言館 長野県上田市
**妹を描いて出征、二三歳で戦病死**(31頁)
4 周南市回天記念館 山口県周南市
**魚雷と人間が一体となった兵器**(40頁)
5 対馬丸記念館 沖縄県那覇市
**国策の犠牲となった子どもたち**(72頁)
6 象山地下壕(松代大本営地下壕) 長野県長野市
**地下壕の公開を実現させた高校生たち**(84頁)
7 東京大空襲・戦災資料センター 東京都江東区
**「腕や足を切断しなければならなかった人もいて、戦後、差別や偏見にさらされました。そういう方たちが、いま、私たちと同じ社会に生きています。空襲被害は過去のことではないんです。**(97頁)
8 八重山平和祈念館 沖縄県石垣市
**軍はマラリア罹患の危険性を知っていた**(111頁)
9 原爆の図丸木美術館 埼玉県東松山市
**「ピカは、人が落とさにゃ、落ちてこん」**(118頁)
10 長崎原爆資料館 長崎県長崎市
**〈五体ノ千切レタルハモトヨリ、眼球飛ビ出シ腸(はらわた)ノ露出セルヲ見レバ、古ノ申ス修羅道モカクテト想ハレ正視スル能ハズ(後略)〉**(136頁)
11 稚内市樺太記念館 北海道稚内市
**過去という土壌の上に現在があり、足元の歴史を知ることで私たちは未来を思い描くことができる。**(151頁)
12 満蒙開拓平和記念館 長野県下伊那郡阿智村
**(前略)その女性も、四歳と二歳の女児を栄養失調で亡くしていた。一人目のときは野犬に食われるよりはと川に流した。二人目のときは遺体を抱いて歩いたが、やがて蠅がたかり、見かねた人が列を離れて埋めに行ってくれた。**(157頁)
13 舞鶴引揚記念館 京都府舞鶴市
**「夫の帰りを待つために、子どもをつれて舞鶴に移り住んだ女性もいますよ」**(175頁)**「(前略)結局、ご主人が帰還されることはありませんでした」**(176頁)
14 都立第五福竜丸展示館 東京都江東区
**そのまま朽ち果て、水没する運命にあった船(私の注:第五福竜丸)を救い出し、修復し、後世に残したのは、広島、長崎の悲劇が二度と繰り返されてはならないと考えた、市民の声と行動だった。**(183頁)
広島平和記念資料館にて 2026.01.15
梯さんはこの本で広島平和記念資料館を取り上げなかったことについて、**(前略)すぐれたガイドブックや関連書籍が多くあり、またホームページが充実していて、遺品などの被爆資料、証言ビデオ、動画、写真等の膨大なデータベースが公開されているため**(210頁)と説明している。
**「戦争を知っているやつが世の中の中心である限り、日本は安全だ。戦争を知らないやつが出てきて、日本の中核になったとき、怖いなぁ」**この田中角栄のことばを藤井裕久さんが紹介している。このことは既に書いた。藤井さんはかつて田中角栄の秘書官を務めていた方。
「戦争を知っているやつが世の中の中心である限り、日本は安全だ」だが・・・ - 透明タペストリー2